「終活」という言葉に、最初は怖さしかなかった

「終活」という言葉を初めて耳にしたのは、
まだ親が元気そのものだった頃。
テレビの特集で取り上げられていて、
アナウンサーが明るく「今、終活が注目されています」と言ったとき、
正直、胸の奥がざわつきました。
“終わりの準備”なんて、そんなことを考える必要があるのだろうか。
親にそんな話をしたら、気分を悪くするのではないか。
そのときの私は、終活を「死を意識する行為」としてしか見ていませんでした。
けれど、年月が経ち、親の体力の変化を感じるようになった今、
ようやく分かってきたのです。
終活とは、「死の話」ではなく、「生きる話」なのだと。
終活は「人生を閉じる準備」ではなく「これまでを受け入れる時間」
母が「エンディングノートを買ってみたの」と話してくれた日のことを、今でも覚えています。
驚きと少しの戸惑い。そして同時に、ほんの少しの安心。
ページを開くと、最初の項目は「好きな食べ物」や「趣味」など、日常のことから始まっていました。
思っていたよりもずっと明るい。
そして、母がそのページにペンを走らせる表情は、とても穏やかでした。
「これを書くと、なんだか気持ちが整理されるのよ。」
その一言で、私の中の“終活=暗いもの”という固定観念が崩れました。
終活は、人生を閉じる準備ではなく、
「これまでを受け入れ、これからを安心して生きるための時間」なのです。
「話すこと」で、親との距離が少しずつ近づく
エンディングノートをきっかけに、
親と“これからのこと”を話す時間が増えました。
「もしものときはこうしてほしい」
「家のことはこうしておいてね」
最初のうちは、どこか他人事のように聞いていました。
けれど、話を重ねるうちに気づきました。
それは「死後の指示」ではなく、
「生きているうちに伝えたい想い」なのだということに。
ある日、母がこう言いました。
「あんたたちが困らないように整理しておきたいの。
ちゃんと残しておけば、安心して生きられる気がするのよね。」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に温かいものが広がりました。
終活とは、家族のための“優しさの形”なのかもしれません。
親の終活を通して見えた、「人生の豊かさ」

ノートを書きながら、母はしばしば思い出話をしてくれました。
「この旅行、楽しかったね。」
「あの時は大変だったけど、今思えば笑い話よ。」
ひとつひとつのエピソードが、まるで宝箱を開くようにあふれ出てきます。
それを聞いていると、「終活」という言葉の持つ“終わり”のイメージが、
“感謝と振り返りの時間”に変わっていきました。
終活とは、人生の豊かさを思い出す作業でもある。
書くことや話すことを通して、
親がどれだけたくさんの経験をし、想いを抱えてきたかが伝わってきました。
そして、それを知ることで、私自身の生き方も変わり始めたのです。
「死ぬ準備」ではなく、「これからを生きる準備」
親の終活をそばで見ていて感じたのは、
終活とは「終わりのため」ではなく「今のため」にあるということ。
「自分が生きているうちにできることを整えておきたい」
「元気なうちに整理しておけば、自由な時間が増える」
そう話す母の姿は、むしろ生き生きとしていました。
それは、“死への恐れ”ではなく、“今をより良く生きる意志”。
エンディングノートを書きながら、
母は過去を整理し、これからを見つめていたのだと思います。
終活とは、「死を受け入れる練習」ではなく、
「生をもう一度見直す時間」。
それに気づいたとき、私は初めてこの言葉を前向きに受け止められました。
親の終活が、自分の生き方を整えてくれた
不思議なことに、親が終活を始めてから、
私自身も「自分のこれから」を考える時間が増えました。
エンディングノートを見て、
「私ならどう書くだろう」と考えるようになり、
人生の優先順位や、大切にしたいことが少しずつ明確になっていきました。
終活は“自分の生き方を映す鏡”でもある。
親の終活は、子どもにとって“人生を考えるきっかけ”を与えてくれます。
親が未来を整えてくれる姿を見て、
私も自然と「自分の時間をどう生きるか」を意識するようになりました。
終活を話すことは、「絆を深める時間」
終活を話題にすると、「縁起でもない」と避ける人もいます。
でも、実際に話してみると、その時間はとても温かいものです。
「ありがとう」
「あのときはごめんね」
「こんなこと、初めて話すね」
そんな言葉が、自然と交わされるようになります。
終活とは、家族の絆をもう一度見つめ直すきっかけ。
「これまで」ではなく「これから」を一緒に考える時間なのです。
家族で“終活”をシェアするということ
終活というのは、誰か一人で抱えるものではありません。
家族で一緒に考えることで、初めて“意味”が深まります。
- 親の想いを子が知る
- 子の不安を親が受け止める
- そしてお互いのこれからを支え合う
そんな関係を築くことこそが、本当の「安心」なのだと思います。
終活は、“家族の未来を描く共同作業”。
エンディングノートを通して、
「これからどう生きていくか」を語り合う時間が、
家族の絆をより強くしていきます。
「終活」を“生き活”に変えていく

最近では、「終活」という言葉をあえて使わずに、
“生き活(いきかつ)”と呼ぶ人も増えているそうです。
まさにその通りだと思います。
「終わり」を整えることは、「生きる」を見つめ直すことだからです。
私たちは、誰もが“有限の時間”の中で生きています。
だからこそ、今を大切にし、後悔のないように日々を過ごしたい。
終活とは、
「まだ残っている時間をどう生きるか」を考える活動。
そう思えるようになってから、
親と過ごす時間、友人との会話、何気ない日常がより愛おしく感じられるようになりました。
まとめ:終活は“これからの人生をやさしく整える”こと
終活という言葉には、
“終わり”と“始まり”の両方が込められています。
親の終活を通して気づいたのは、
人生は、終わりを見つめるときにこそ“本当に大切なもの”が見えてくるということ。
終活とは、死ぬ準備ではなく、生きる準備。
親の終活は、家族の未来をやさしく照らす時間。
今日、少しだけ立ち止まって、
親のこと、自分のこと、そしてこれからの時間を考えてみませんか?
終活は、「終わりを整えること」ではなく、
「生きることを丁寧にする」ためのやさしい準備なのです。


コメント