あのとき、言っておけばよかった
「……お母さんが、どうしてほしいか、分からないんです。」
救急外来の前で、娘さんが泣きそうな声で言います。
目の前では医師が、淡々と説明を続けます。
医師「心臓が弱っていて、このままだと危ない状態です。
強い治療を続けるかどうか、ご家族の判断が必要で……」娘「でも、母は……どうしてほしいって、言ってたんだろう……」
お母さんは、持病もち。
何度も「つかれた」「しんどい」と言っていたのに、
「最期のこと」「治療のこと」だけは、なんとなく話題にしづらくて、
先延ばしになっていました。
「もしあの時、ちゃんと聞けていたら」
娘さんはずっとそのことを胸に抱えています。

完璧じゃなくていいから、「自分の気持ち」を一言だけでも残しておく
持病がある人、障害がある人の終活で一番大事なのは、
“医学的に正しいこと”を決めることじゃなくて
“自分はどう生きたいか・どうしてほしくないか”を、ざっくり言葉にしておくこと
です。
それだけで、
「代わりに決めることになった家族・パートナー・支えてくれる人」が、
ずいぶんラクになります。
なぜ「持病・障害がある人の終活」は、こころの準備が大事なのか
「普通の生活」と「もしもの場面」が、いつも隣り合っているから
ミホさん(52歳)は、心臓の持病あり。
平日は仕事、休日は友だちとカフェに行く。
一見“普通の生活”だけど、薬は毎日欠かせません。
ある日、主治医にこう言われます。
医師「今はコントロールできていますが、
将来、急に悪くなる可能性もゼロではありません。
もしものとき、どういう治療を望まれるか、
少しずつ考えておいてもいいかもしれませんね。」
そう言われても、
ミホさんは家に帰ると、つい考えるのをやめてしまいます。
ミホ(心の声)
「まだ元気だし、今決めなくてもいいよね。
だって、縁起でもないし……。」
――でも、「もしも」は、ある日突然やってきます。
だからこそ、
元気なうちに、“ちょっとだけ先の自分”のことを考えておく終活が必要になります。
医療・ケアについて──「ここまでは頑張りたい」「ここから先はいい」を決める

ベッドサイドでの会話を、頭の中で一度シミュレーションしてみる
医師「万が一、心臓や呼吸が止まったとき、
強い心臓マッサージや機械を使う治療を続けますか?」家族「……。」
この沈黙を、少しでも軽くしてあげられるのは自分だけです。
たとえば、ノートにこんなふうに書いておくイメージです。
「元の生活に戻れる見込みがあるなら、できるだけ治療してほしい。」
「寝たきりで意識が戻らない状態で生き長らえるための治療は、望みません。」
「痛みや苦しみを取る治療を優先してほしいです。」
これを見た家族は、きっとこう思います。
家族「お母さん、ちゃんと考えてくれてたんだ。
それなら、この方向で先生と話そう。」
「よく分からない」でもいい。方向性だけ決めておく
「医学用語も分からないのに、私が決めていいの?」
そう感じるかもしれません。
でも、全部決める必要はありません。
- 「長く生きること」より、「苦しみを減らすこと」を優先してほしい
- 「できるだけ元気に戻れる見込みがあるなら、頑張って治療してほしい」
こんな“ざっくりした方向性”だけでも、すごく大きなヒントになります。
お金と手続き──「生活を守るための情報」をまとめておく
通帳・カードを全部出して、友だちに説明するつもりで
ある日、信頼している友人にこう言う場面を想像してみてください。
あなた「もし私が倒れたら、この通帳が“生活費用”、
こっちは“貯金用”って、家族に伝えてほしいんだ。」
そのときに、
- どの口座がメインの生活費用か
- どのカードがどんな支払いに使われているか
- どんな保険に入っているか
が、自分の中でも整理されていると安心です。
ポイント
- ぜんぶ完璧に書かなくてOK
- 「メイン口座」「よく使うカード」からで充分
- 保険は「会社名・保険の種類・保険金をもらう人」だけでも書いておく
制度の名前だけでも書いておくと、将来の自分が助かる
あなた「障害年金をもらっていて、更新は◯年◯月。
窓口は◯◯年金事務所。
介護保険の担当は△△さんっていうケアマネさん。」
これくらいのメモがあるだけで、
もし自分が動けなくなっても、誰かが手続きをつないでくれます。
暮らし方・住まい──「本当はどうしたい?」を一度だけ真面目に考える
「今の家での暮らし」を、ちょっと冷静に眺めてみる
- 階段がきつくなってきた
- お風呂で転びそうになったことがある
- 夜、トイレに行くのが怖い
こういう小さな困りごとは、
「慣れてしまっているだけ」で、実はSOSかもしれません。
友人「最近、階段しんどそうだけど大丈夫?」
あなた「まあ何とか。…でも、いつまでここで暮らせるかなって、たまに考える。」
この“たまに考える”を、ノートに一度ちゃんと書き出すのが終活です。
「譲れない条件」を一つだけ選ぶ
- できれば、自宅で、自分の好きなものに囲まれて暮らしたい
- ペットと一緒にいられる場所がいい
- 家族と同じ屋根の下で暮らすことを優先したい
全部を叶えるのは難しくても、
「これだけは大事にしたい」軸が1つあると、住まいの選択がブレにくくなります。
誰に相談し、どこに頼るか──「一人で抱え込まない前提」を作る
相談先リストを、未来の自分にプレゼントする
あなた「困ったら、まずここに電話して、って書いておくね。」
紙に、こんなふうにまとめてみます。
- かかりつけ医・病院(名前・電話番号)
- ケアマネさん、相談支援専門員さん
- 行政の窓口(障害福祉・介護保険など)
- 必要なら、弁護士・社労士・司法書士など
これは、
「未来の自分」と「家族・パートナー」に渡す“地図”です。
家族以外で、信頼できる人を一人だけ決める
- 何でも話せる友人
- 同じ病気・同じ障害の仲間
- 昔からお世話になっている人
あなた「もしものとき、家族が行き詰まったら、
あなたにも相談していい? って家族に伝えておくね。」
こういう“第三の人”がいるだけで、
家族も「全部自分たちだけで抱え込まなくていい」と思えるようになります。
自分の気持ち・価値観──「たった一枚の手紙」が残せるもの

「こういうのは嫌だ」「これだけは守ってほしい」を一行ずつ
ノートを一枚開いて、
こんなふうに書いてみるイメージです。
- 長く苦しむためだけの延命治療は、望みません。
- 痛みや苦しみをしっかり取る治療を優先してほしいです。
- 家族に必要以上の負担や、罪悪感を背負わせたくありません。
完璧な文章じゃなくていい。
誤字があってもいい。
でも、その一枚が、
大事な場面で家族の背中をそっと支える“手紙”になります。
ノートの書き方や、「何を書けば十分なのか」「逆に、書かなくていいこと」は、
エンディングノートとは?目的・書く内容・遺言との違いをやさしく解説
も道しるべになると思います。
「ありがとう」と「ごめんね」を、少しだけ前倒しで
- 送り迎えをしてくれる家族に
- 毎回、診察で話を聞いてくれる先生に
- いつもLINEで心配してくれる友達に
あなた「いつもありがとう。ほんと助かってる。」
たった一言でも、
言われた側はずっと覚えていて、
もしものときにも、あなたの味方でいようとしてくれます。

今日からできる“超ミニ一歩” 3つ
「ここまで読んだけど、正直、ちょっと怖いし面倒くさい…」
そんな気持ちがあって当然です。
なので、いきなり全部じゃなくてOK。
今日からできることを、1つだけ選ぶイメージで。
- 通院の帰りに、主治医に一言だけ聞いてみる 「先生、もしものときって、どんな治療の選択肢があるんですか?」
- ノート1ページに、“これだけは嫌だ”を1つだけ書く 「痛みで苦しみ続けるのは嫌です。」
これだけでも、立派な“自分の意思表示”です。 - 誰か1人に、「もしものとき、相談してもいい?」と言ってみる
家族でも、友達でも、支援者でも。
その一言で、あなたはもう「一人で抱え込まない終活」を始められています。
「もっとゆるく、終活の最初の一歩だけ知りたい」というときは、
3つの超基本に絞った
終活は何から始める?今日からできる最初の3ステップ
を先によんでから、このページに戻ってきても大丈夫です。
最後に
終活って聞くと、「死ぬ準備」のイメージが強いかもしれません。
でも、持病や障害がある人にとっての終活は、
「これからを、少しでも自分らしく生き切るための準備」
でもあります。
- 自分のため
- 大事な人たちのため
どちらのためにも、
完璧じゃなくていいから、「今の気持ち」を少しだけ言葉にして残してみる。
それだけで、未来はけっこう変わってきます。
自分のこれからを、もう少し全体から整理したくなったときは、
終活の全体マップとチェックリストをまとめた
自分の終活|今から備える10の準備【チェックリスト付き】
も、そっと開いてみてください。

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